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ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる/著:小出由紀子
ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる (コロナ・ブックス)ヘンリー・ダーガー 非現実を生きる (コロナ・ブックス)
(2013/12/16)
小出由紀子

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この本は、ダーガーにまつわる、いくつかのキーワードを挙げて、
謎のアーティスト、ヘンリー・ダーガーの生涯に迫るというものだ。

以前このブログでも取り上げた、ジョン・M. マグレガーの
『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』の翻訳者、
小出 由紀子さんの著述で去年2013年の12月に刊行されたもの。

マグレガーの『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』は高価な大型本で、
なかなか手が出ないが、こちらなら値段も手頃だし、
ヘンリー・ダーガーの入門書として適しているように思う。

前回、ヘンリー・ダーガーについて書いた時は、
書店での立ち読み程度の知識で、それでも強く惹かれて書いたのだが、
今回は図書館で、小出さんの著書を借りられたので、
ちょっと踏み込んで彼のことを知ることができたかな。
何故かとても気になる人なのだ。

下記がダーガーの簡単な年譜と人となりだ。

1892年シカゴで生まれる。
4歳になる直前、出産の際の感染症で母を亡くし、足の不自由な父に育てられる。
   その時生まれた妹は里子に出される。
   頭が良く、小学校を1年から3年に飛び級している。
8歳、 父が体調を崩し、ダーガーの養育が困難になった為、
   カトリックの少年施設 、慈悲深き聖母の伝導団
   (この施設は子供の不審死など、よくない噂があった)に預けられ、
   公立のスキナー小学校に転校。
   奇行が目立ち始め、「クレイジー」とあだ名される。
12歳、感情障害の兆候が現れたという理由で、
   イリノイ州リンカーン精神薄弱児施設に移される。
16歳、父、死去。
17歳、施設を脱走し、260kmを歩いてシカゴに戻る。
19歳、絵物語『非現実の王国で』執筆開始。
   その制作は生涯にわたって続けられたが、生前、発表されることは無かった。
17歳〜55歳、地元の聖ジョセフ病院の清掃の仕事に従事。
55歳〜71歳、同じカトリック系のアレクシアン・ブラザーズ病院で
   野菜の皮むきや軽作業で生計を立てる。
1973年、81歳、死去。
死後、アパートの部屋から1万5145ページにも渡る膨大な物語『非現実の王国で』と
300余点の挿絵が発見される。

生前の彼を知る人は、みすぼらしい身なりの不機嫌な老人というのみの印象で、
近所の教会に足繁く通う姿やごみを漁る姿が記憶されている。
家族とは縁が薄く、友人と呼べる人も殆どいなかった。
孤独な一生、と言ってもいいかもしれない。

ダーガーを思う時、必ず表現するということについて考えさせられる。
絵、文章、詩、音楽、舞台など、およそ表現活動と名がつくものは、
それを受け止めてくれる観賞者や観客に届いてこそだと思う。
しかし、受け手を想定する表現活動の一方で、
自分の為に作品を創り続ける人もいる。
両者は複雑に絡み合って明確に分けることはできない。
おそらく、殆どの表現者が、その間(はざま)にいて、
時には苦悩したりしているのだろう。

ヘンリー・ダーガーの場合はどうだったのだろうか。
ダーガーが亡くなる直前、病気で救貧院に移る際、
アパートの大家ネイサン・ラーナーに持ち物の処分を問われたダーガーは
「Throw away(捨ててくれ)」と答えたという。

死後、ダーガーの部屋の整理をしていたラーナーは、
残された作品、物語『非現実の王国で』と挿絵を発見して驚嘆する。
そして、アーティストとしての活動もしていたラーナーは、
そのままダーガーの部屋を保存し、その作品を世に問い続けることになる。
もし、アートに興味の無い大家だったら、
ダーガーの願い通り、捨てられていたのかもしれない。
ぞっとする。

「Throw away(捨ててくれ)」と言ったダーガーの境地は、
とても私などには分かるものではないが、
それでも感じるのは、彼にとって、物語を紡ぐこと、絵を描くことは、
生きること、そのものだったのではないかということだ。
彼の死と共に、それらも消え去るものであり、
他者の目に触れたり、評価されたりということは、
ダーガーにとって意味の無いことだったのかもしれない。

そして、欠落したものを補うように人が生きるとすれば、
孤独なダーガーの家族や友人、それは信仰だったように思う。
日々、神と対話をして暮らしていたのだろう。
ままならない現実に神を罵倒する時もあったらしいが、すぐに懺悔する。
喧嘩したり、仲直りしたり、実際の家族や友人もそんなものだろう。
生涯に渡る膨大な神との対話のツールとして物語があり、
その執筆は一種の祈り、そして、支えのようなものだったのではないだろうか。
このライフワーク自体が、彼にとっての家族、友人だったようにも思える。

と、ここまで書いて、私はヘンリー・ダーガーについて、
理想を持ち過ぎていることに気づいた。
彼に理想的な芸術家の姿を見過ぎている、というか押し付けている(笑)
彼にも世俗的な野心があったかもしれないし、
世に認められて、楽に暮らすことを望んでいたかもしれない。
しかし、彼はそのことについては何も語らず、
いや、語れずに、この世からいなくなってしまった。
それがとてもとても残念だ。

小さい頃、降る雪をずっと見続け、
雪が止んでしまったといって泣いていたダーガー。

ネイサン・ラーナーはダーガーを思う時、
いつも謙虚な気持ちになると言っている。
私もそうだ。
だから、私は彼に魅かれるのかもしれない。

ヘンリー・ダーガーの映画もあるらしい。
観たら、また感想を書きます。
しつこいw

ヘンリー・タ?ーカ?ー
             ヘンリー・ダーガー
|16:06| アート | comments(0) | - | posted by
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